原発難民だよ、全員集合3

 ★この辺はかなり雑かなあ?

1辺りは普通だと思うんだよね、

子供から見て何か怪しい施設だなって。

あと事故当初、パニックになるのも普通かなって。

だから3の下のところは説明不足で雑かな?

 

この海賊船だっけかなあ?

のネタ自体はそんなに、悪い筋な気はしないけど。

日本の原発事件の問題ってこんな感じですかねえ?っていう。

 

もう少し違う書きかたはできるかもしれないけど、

こう、唐突にカメラつきつけられましても?っていう感じを書いたんだけど、表現力不足な気はするね。

 

あとドイツの難民は関係がないと思うけど。

そういう意味ではべつに書いてないし、

悪いようには取りようがないのが私の描写神経だよ。知らないけど。

確信がないと絶対書けない分、書けたときのバランス感はある。

 

 

「福島、福島、福島クン」
「ふ、福井だよ」
「嘘つけ、
お前が避難民なことは、みんな知ってる。
おまえんちの車、補償金で買ったんだろう。
第一原発の1000キロ圏内に住んでいたから」

ザキヤマは、車ないじゃん」
「ウルセーよ。お前んちだって、車庫に入れてあるベンツ、動かないんだろ?乗ってるところ、みたことないし」
ザキヤマトオルにケリを入れた。

 

「の、乗せて上げようか」
「いいよ、放射能が移りそうだし」

隆司は、1人で行動してもよかったが、根が寂しがり屋だ。
何を言われても、ついクラスメイトの方についていってしまう。

 

 

三沢は、小学三年生の息子の部屋で、首つり死体と遺書を見つけた。

「僕は新しい学校についていけないみたいです。疲れました」

彼女は頭が真っ白になり、真っ暗になり、狼狽し、とりあえず警察に届け、警察が学校へ連絡した。

こういう騒ぎになるとは思っていなかった。

放射能とか、菌とか、言ったつもりはないんです。

三沢くんはいつも、威風堂々としていて、キングっていうつもりで言ったんです。

それが、何か、誤解されてしまって、うううう」

さめざめと泣きだした担任は早々に退出し、教頭が後を引き取った。

「私どもは、ですね、えー。大変な事態を引き起こしてしまい、保護者のみなさんに、申し訳ない気持ちで一杯です。

この件は、マスコミが騒いでいて、ですね、えー。

みなさんが、何気なく発した言葉に、100倍の尾ひれハひれがついて、広まってしまいます。

私たちは、この逆境の中で、お子さん方の、教育を続けていかなくてはいけません。

この学校を、閉めるわけにはいかないんです。そうなったら、みなさんにも迷惑がかかります」

前例のない事例に、教頭の事態収取は上手く続かなかった。

集められた保護者たちは、チラチラと、目くばせし合った。
その目は、「他人の家の子供が1人くらい、首つり自殺しようが、川に落ちようが、どうでもいいのよね、
いちいち全員召集とか掛けたトンマはどこの誰なのよ」と言っているようにも見えたし、単純に「タチの悪い地域で、すみません、すみません」と萎縮しているようにも見えた。

「ヤフー・ニュースのトップになってるの、見た?」
「こんなところの卒業生で大丈夫かしら?転校したほうが良いかしら?」

三沢はいいかげん、マスコミ対応などで疲れていた。息子を亡くしたショックから立ち直る暇もなく、矢継ぎ早に展開する行事。

息子の死んだ原因が、この空気そのものという気がしてきた。

「息子は死んだんだし、もういいですよ。

いちいち気にして戴かなくて良いです。何を言っても、もう息子は戻ってこないんです。

こんな通夜を、開いてもらわなくても、結構です。

息子の死は、特別ではありません。だって震災では1万人が死んだんだし」

一同は唖然として三沢を見た。

 

 

 

三沢は気が晴れないし、近所のスーパーで働き始めた。

「あの人、父母会で、福島では1万人以上が死んだんだから、今更1人死んだところで、何も変わらないとか言ったそうよ」

「息子さんを亡くして、頭がおかしくなっちゃったのかしらね。気の毒ね」

テレビカメラの前で、「息子を殺した学校を許せません」とか、泣けばよかったのか。

あなたの模範行動を見せて下さい、とか言って、カメラを回してみたい。

ハブにした子供を菌呼ばわりするイジメは、三沢の子供の頃の福島にもあった。

三沢は、自分が標的にされることもあれば、他人に言うこともあった。

放射能については、人々があれだけ騒いでいたんだから、子供たちも影響を受けるし、

当時、放射能について多くの情報が飛び交ったこと自体が、不当なわけでもない。

彼女も、放射能が怖くて引っ越してきたクチだ。

まさか、自分が放射能呼ばわりされるとは。


夫を震災で亡くしたとき、同じように家族を亡くした人はたくさんいた。

合同慰霊祭などに参加し、息子と一緒に花を手向け、隣の遺族と慰め合った。