体力が無いというポジション・トークの内訳

 

私が体力ないのは本当にないんだが、

1、体がおとえても、知見を持っている人は恐れず晒してみましょう。

墓場に持っていくには惜しい知恵が眠っていることがあるかもしれません。

故人に聞きそびれたことがあったら、後続も聞きたいと思っているはずです。

それも迷惑がっている後輩の首根っこをつかまえて無理やり聞かせるのではなく、インターネッツという70億人が、好きなときに好きなものを読める静かな空間は最適です。

 

 

 

1、体力のある人は、こういうエア総会屋や非能動的な態度を、真似しないで下さい。

もしあなたに私より体力があるなら、私よりはマシなことができます。

他人の死体を見て、自分はこれよりマシだと思って心を落ちつけろ、くらいのポジション・トークです。

私に体力があったら世界一周くらい10歳でやってるんで、

体力があるなら使ったほうが得なのは、誰のも目にも明らかです。

 

2、元々体力がないうえに、最近とみに疲労の激しい、私は画面の前のほとんどの人より多分、短命です。

「短命内閣」「短命会社」などと一緒に、

短命ではあっても、未来を思う気持ちはありえるんでないか?

というエクストリーム・ポジション・トークです。

 

老後年金クレクレなどとはまず騒がないから、老後どうすん恐喝なんてのは、生物学的に無駄だから、やめろ。

 

 

仮に倒れても、中のエリートの人たち、頑丈な人たちは、まだ使えるから、回収してつかったほうがいいと思います。適当に使いまわしましょう。

客人をもてなすテクニックは、カッペに必要です。

傲慢で現場になじんでいないかもしれないが、何かに使える人をどう使うかという調教コーナーです。

これが日本のクソ地方から発信される、エクストリーム・ポジショントークです。

 

 

死ぬんだか知らんが、

「パトラッシュ、もう僕、疲れたよ」しか知らん人です。

あのあと、パトラッシュはどうなったのん?

いい人に飼われてるといいですが、全部は見たことないです。

フランダースの犬 - Wikipedia